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見たかったのは、庭の巨大な池だったりする。
そういや、友人Tと寺を巡るときは、いっつも寺の庭先の縁に座りこんで、「ぼけー」っと庭を眺めている事が多いな。二人でいるのに、1人1人の時間をすごしているようである。私はそういうの好きだけど、友人Tはどうなんだろう? つまんないとおもってないといいんだけどねー。
二人でいて、沈黙が許される仲って、すごくいいと思うんだけど。ま、これは私の価値観ですが。
「天龍寺」
足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるために建立した寺、らしい。夢窓疎石っつーのは、教科書で見た事があるなー。
庭はさすがに広くて美しかった。っつーても、何が何を表しているかはよくわからないし、もっとこじんまりとした庭の方が好みだったりする。
だけど、まぁ、こういうの眺める時間は、好きだな。
そして、その庭を眺めている人達を見るのも好き。なんかね。
こういうお寺にきたら、すみずみまで探検するのがいいなー。なんか、人もちゃんと住んでるんだなという生活観を、部屋の明かりに感じてしまう。だよなー、観光地だけど、ちゃんとお寺なんだもんなぁ。
住んでる敷地内を観光させてもらってんだもんなー。
だけど、やっぱりこういう寺を歩くと、庭に入らないようにと張り巡らされた竹の柵なんかが気になる。こういうものがなかった時代に生まれたかったな。
観光地としてではなく、まんまそのままの世界を楽しみたい。
京都を巡っていていつも思うのは、まだビルとかが建っていない時代をあるいてみたいということ。ビルがなければどんな風景で、五重塔や寺社が見えていたんだろうなとしみじみと思う。
観光地としてこなければ、この庭だってもっと違う受け止めかたができたんだろうなと思うんですわ。
しばらく歩いていると、なんか噴水みたいなところを発見。世界平和がどうのこうのと書いてあったけど、それよりも友人Tの心を奪ったのは、かえるの置き物だった。
うん……たしかにかわいいけどねー。
さて、友人Tとわかれ、駐車場とは反対方向の天龍寺の奥から敷地を出ることにした。
ここから、野乃宮神社とか常寂光寺にいけるらしい。ふたつは分かれ道になっていて、左にいけば常寂光寺、右に行けば野乃宮神社。最初、野乃宮神社に行くつもりだった私だけど、その分岐点に立って、まよわず左に曲がってしまった。
「うわああああぁぁぁ……」
いや、観光客の少なさもあって、私は思わずうめいてしまったね。
なんつー見事な風景。
両脇を竹に囲まれ、奥の方へ続く小道。
ときどき竹やぶの奥から響く鐘の音。
京都来て、ここまで感動したものに出会ったのは初めてだ。
友人Tにも見せたかった。竹の間から零れる光がまた……!
ここで、妖怪や幽霊にあっても、当然の出来事だと受け止める事ができただろうなぁ。
風景に1人感激しつつ、竹に誘われるように奥へ奥へと足を進めてしまいました。
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